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	<description>バブソン学生が仕掛ける、世界一周ノマドプロジェクト。世界を舞台に活躍しているノマドワーカー（起業家）にお会いして、彼らのロールモデル・ビジネスモデルを、実際に世界へと発信していく。</description>
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		<title>アリ地獄の街を変える。バングラデシュ、渡辺大樹</title>
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		<pubDate>Thu, 17 May 2012 06:43:06 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[&#160; 　渡辺大樹、1980年生まれ。高校時代は野球、大学時代はヨットに明け暮れる。タイで開催されたヨットの国際大会に参加していた時に、何気なくバスの中から見た景色がスラム街だった。そこに住んでいたストリートチルドレンの瞳に大きな衝撃を受け、そこから自分の人生をかけて、貧困に対して取り組む事を決意する。単身でバングラデシュに乗り込み、ダッカ大学で勉強した後、2003年8月に現地の大学生達とEKMATTRAを立ち上げて今に至る。社会的弱者への教育を拡げて行くこと、裕福層に対して現状を知ってもらう啓発活動を行っている。バングラデシュの問題は、バングラデシュの人間で解決できるように、現地でまわる仕組みを創るべく活動をしている。 &#160; ０１ アンテナとタイミングに響いたからこそ 　『バングラデシュでこういった活動をするきっかけはなんだったのか』、良く聞かれます。僕のきっかけはバスの中から見たスラム街にいるストリートチルドレンの瞳だったのですが、その時のタイミングと僕のアンテナに引っかからなければ、今僕はここにいないと思います。 　大学４年生の時にタイで開催されていたヨットの国際大会に来ていたのですが、部活としての大会も終わっていたこともあり、どこか自分の中でやり遂げ症候群のように空っぽの気持ちだったんですよ。その空っぽの気持ちに、子供たちの瞳がぐっと心に響いた。2週間ずれていたらそんなことにはなっていなかったと思います。 　そして同時に、小さい頃からアジアの最貧国バングラデシュの話は耳にしていて、漠然とイメージはしていたんです。アジアという同じ地域の中でこんなにも違う場所がある。その自分の『アンテナ』に衝撃が伝わり、バングラデシュに来ました。タイで空っぽでこれからを考えていた自分と、昔から頭の片隅にあったバングラデシュへの思い。このタイミングと、アンテナに響いたからこそ僕は動いたんですね。 　日本に帰ってから1ヶ月くらい真剣に考え抜きました。『日本で生まれた僕は何にでもなろうと思えばなれる。ただ、あそこにいた彼らに、果たして選択肢はあるのだろうか。』大学生の一番自由に考えられる時期に、コレだけの衝撃を受けて、ろくに他の事も考えられないことであれば、これから僕がとる選択に後悔はないだろうと思い、そこから死に物狂いで、バングラデシュへ移動するための資金を貯めました。一切金を使わないようにするため、何キロもバスを使わず歩いたり、缶ジュースですら買わずに節約していました。それだけの思いで金を貯め、80万円貯まった一年後に日本を出てバングラデシュに行きました。僕が22歳の時でした。 &#160; &#160; ０２ 吐いて苦しんだ経験から、スーパーマンになった自信 　話が少しさかのぼりますが、高校生の頃、ずっと野球をしていたのですが毎日練習の時にランニングがありました。そのランニングでは毎日時間を計っていたのですが、ある時から僕のタイムだけ遅くなり続けました。練習を続ければ続けるほど、鍛えれば鍛えるほど、遅くなっていく。周りの仲間からは置いて行かれ、まったく成長しない自分の不甲斐なさに悔しくてたまらなかった。毎日吐くほど練習してもうまくいかない、タイムは遅くなる一方、常に最下位。僕はスランプの様な状態で何もかもがうまくいかなかった。この時は初めて『死』すら覚悟しました。 　こうした状態が二年間続いた。そんなある時、胸が痛くなり医者に見てもらうことになったのですが、レントゲンをとってみると、なんと胃に穴があいていて、自分の血液の3分の2が常に流出していたことがわかったんです。死んでないのがおかしい程でした。すぐに医者にかかり、治すことになりました。 　そして、病気を治して以降、練習に参加するとまるでスーパーマンのように駆け抜けることができ、ランニングは常に一位。今まで血液が人の半分以下で練習していたということは、練習の辛さは人の倍以上。僕はこの超過酷な練習に耐えてきたんです。もう誰にも負けませんでした。 　3年の終わりの時に開催されたマラソン大会では全校生徒の中で見事20位以内に入れて、賞状をもらえたんです。今まで常に最下位で、吐いて毎日のように苦しんでも、がむしゃらに練習をし続けて、それに耐えてスーパーマンになったという自信があるからこそ、僕は何でもやり遂げられるという根拠の無い自信があります。この自信がバングラデシュに乗り込んでもどうにかなるという根拠の無い確信に繋がっていました。 &#160; &#160; ０３ 皆が共有できる一本の線、エクマットラ 　ダッカ大学に入学して、現地の大学生と始めたこのエクマットラの活動ですが、約9年経った今も同じメンバーが、同じ意識を共有して活動を進めています。それが今までの活動を生み出してくれて、一人では何もできなかったのではと思うくらい彼らの存在が大きいです。 　そのエクマットラの活動ですが、活動内容は大きく分けて二つ。エクマットラでは社会的弱者、ストリートチルドレンへの教育活動と、結果的に抑圧する側となっている社会の裕福層への啓発活動の２つを軸に、活動を行っています。親の事情でひどい生活を強いられている子供たちへの教育活動として、青空教室、そしてシェルターセンターで寝泊まりをしながら食事と寝場所、教育機会を与えてます。一方、バングラデシュの裕福層への啓発活動として、ダッカに内在している問題を考えさせる映画を制作して皆に気付きを与えようとしています。ベンガル語でエクマットラとは、皆が共有できる一本の線、という意味なんです。 社会的に存在する大きな格差、溝を埋めていくためには双方の歩み寄りが必要だから、二つの切り口から取り組んで一つの線にしたいと思ってます。 　僕らは収益事業も手がけていて、企業の依頼でつくる映像制作の仕事、そしてレストランの経営も行っています。やはり外交の色がついているお金を受け取ると動きづらいことも分かったので、自分たちで金を回せる仕組みにしています。 &#160; &#160; ０４ 天職などない。イマを楽しむだけ 　僕、天職なんてないと思っているんですよ。僕はボブスレーではプロだし、カーリングではオリンピックで活躍できるかも知れません。なぜなら、そちらの道は選ばなかったし、やったことが一度も無いからです。だから、もしかしたらそこに才能があるかもしれない。でもその選択はとらなかった。今の世の中は選択肢があふれすぎていて、あれもこれもどれが自分にとって天職か悩む人が多いじゃないですか。結局、自分のやっている事を楽しんで、それが天職になるって言うことだけなんですよ。確かに僕は同世代の日本人と比べたら一番稼いでないかもしれません。でも、誰よりも今を楽しんでいる自信があります。同世代の中で、世界一楽しんでいます。それぞれの時期の選択を合わせると今ここにいる可能性って天文学レベルの確率です。でも今が本当に楽しいから、今まで僕が取ってきた選択肢というものはすべて正しくて、そういったことからすべての選択肢に感謝しているんです。 &#160; &#160; ０５ 外モノだからこその強み 　外国人である僕が、路上にいる鼻水まみれの子供を抱きしめたり、娼婦街をまわる活動をしているのを、周りのバンガル人が見て、外国人である日本人があんなに一生懸命頑張っているのだから僕たちもやらなければ、という思いに導き易かった。 　何より一番の強みは、外国人である日本人の僕が流暢にベンガル語を話せることで、通常では絶対に会えない人々に会って話せるようになったんです。日本人が、自分たちの国の文学を学んで自分の国の言葉を話しているんですよ。それって彼らにとっては非常に嬉しいことなんです。ベンガル語ができるという強みで、心の壁が簡単に超えられるんですよ。これは外モノだからこその強みだと思います。 &#160; &#160; &#160; ０６ 僕の力だけでは、世界を救うことはできない 　僕はこのエクマットラが現地グラスルーツの人々の間で、うまくまわってくれるように取り組んでいます。確かに僕の助けられる子供たちは15人かもしれないし、20人かもしれない。  僕の力だけでは全員を助けることはできないし、世界を救うことはできない。でも、そういったストリートチルドレンがエクマットラを通して成長して映画俳優になったり、レストランの経営者になったり色んな可能性が開かれた人生を歩めることで、一つのロールモデルを示すことになると思っています。『あ、僕でももしかしたらこういう風になれるかもしれない。』この可能性を拡げて行くことこそがエクマットラの役割だし、それが現地の人の中でまわれるように仕組みを作るまで僕はここに骨を埋める覚悟です。現地の問題は現地の人が解決できるよう、他に依存せず、自立できる仕組みを創ります。毎年同じことを言っていますが、後15年から20年くらいしたら日本に帰れると思います。笑 &#160; &#160; 話を終えて：『青い鳥を求めて旅する』 　ユダヤ人大富豪の教えという本では、『青い鳥を求めて旅する』、つまり好きなことを探す旅に出るという話がある。今やっている事は自分のやりたいことと違うから、旅に出る。しかしその旅から一生帰ってこない人もいる。自分探しと題して旅をするが、別に本当の自分がインドにもアフリカにもいるわけではない。自分のやりたいことを見つけるには、心の持ち方を変えて行く必要がある。 　青い鳥を求めて旅をすることは確かに大事かもしれない。しかしそれ以上に、今自分のやっていることをとにかく楽しむ事。これだ！というものに巡り合ういちばんの方法は、いまやっていることが何であれ、それを楽しみ、愛すること。全力で目の前のことを楽しみ、努力をし、成果を出したなら、導かれるように次々におもしろい出会いやチャンスに出くわす。 　渡辺さんは、確かに給料、金の豊かさは他の人よりも随分少ないかもしれない。しかし、世界一、楽しんでいる自信があるという彼は、自分の天職を作り、人生を遊んでいる。そんな渡辺さんと熱く話していた翌日、彼は盲腸で入院してしまったのだが、そこでも楽しさを見いだして、入院中に一緒に焼き肉を食べる真似をする、エア焼き肉を食べました。どんな状況でもその場を楽しむ！笑。（下写真） どんなところでも、馬鹿のように楽しめる人こそが、人生を謳歌できるのだ、と学びました。 &#160; &#160; 成瀬]]></description>
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		<title>現場から世界を変える。アジアを飛び回る起業家、本村拓人</title>
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		<pubDate>Mon, 07 May 2012 11:31:52 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[ 本村拓人 　高校を卒業後、名古屋にて派遣事業を立ち上げるも、わずか一年で会社を閉鎖。その後、経営を体系的に学ぶ為にアメリカへ留学。留学中にアジア各国を放浪、中でも『未来を変える80人』という本で紹介されていたバングラデシュの起業家、マクスード・シンハさんとの出会いが目指すべき起業家像を決定づける。彼が展開するゴミを堆肥へ変換させる事業は貧困層に対して新たな雇用を創出し、国内の自給自足率の向上を実現させるという社会性と収益性を両立させた画期的な事業構造を実現していた。放浪中に自身が着目した“貧困”というテーマに対して同じように事業を通じて解決する事を決意する。広告制作会社を経て25歳の時に株式会社Granmaを創業。　本村氏は一年の約300日をアジア各国を周りながら生活をしている。Granmaの創業メンバーは皆バックパッカーという異色な会社。 &#160; &#160; 大義が広がって、社会が大きくシフトする。 　僕が貧困問題に取り組むようになったのは、『未来を変える80人』という本に出会い、その中で紹介されていた起業家に直接会って話を聞いたことがきっかけ。彼は貧困層が自らの力で生活を改善させて行く為にまずは単純で誰にでもできる仕事を創り出せる仕組みを構築し、その仕組みを社会性と収益性を両立させるモデルに昇華させていました。彼の事業家としての想いだけじゃなくて、構想を一歩ずつ現実のモデルにまで落とし込んでしまう実行力と忍耐力に本当に感銘を受けました。一度事業を失敗した経験をしていた僕にとっては、その後の事業家としての考えをがらりと変えさせられる大きなきっかけとなりました。現在はアジア各国を周りながら経済的貧困層が抱えている本質的な問題を理解しながら、現地の生活を向上させ“インフラ”を提供する事業を様々なステイクホルダーと共に進めています。 　僕たちがやっていることはまとめると全部で三つ。大手企業（メーカー）さんと共に途上国地域で必要とされている生活インフラのデザインから仕組みを提案するコンサルティング事業。主に日本で世界に蔓延る様々な社会問題を分かりやすく伝える事を目的にした展覧会やカンファレンス、ワークショップの企画立案から運営までを実施するコーズ・プロモーション事業。そして、昨年（2011年６月）より進めているのがGrassroots Innovation(以下、GRI)（社会課題やニーズに最も身近に触れているローカルの人々自らが考案した様々な革新）を普及させる為に世界に散らばっている様々なGRIをデータベース化して、他地域にナレッジをシェアし、実際に使われる仕組みを構築している。既に20万の農村地域に遠隔医療を提供しているローカル発の起業家と共に新たな事業を日本の企業を巻き込みながら構築しているケースもある。僕らの事業に共通しているのはすべて途上国の貧困問題を解決するという『大義』なんですね。 　社会問題をより分かりやすく人々に伝える為にイベントを企画しているのも、この大義に多くの人々の意思を傾けてもらい、共感度を高めていく狙いがあります。そうする事で、人々が社会に存在する根本的な問題に気付き、中には自分が持っていた大義を思い出してもらう、そのきっかけ作りにも繋がって行きます。例えば、あるエンジニアが途上国の水の課題をしっかりと理解することで、本来もっていたエンジニアリングの力で社会をよりよくする仕組みづくりに寄与するといった大義に結びつくことで、会社で託されているミッションとは別に、または、会社内でそういった大義に直結する仕事をクリエイトするといった現象は実際に僕の身近でも起こっています。「こんな社会にしたい」とか「世界を良くする仕事をしたい」といった想いを実は多くの人は潜在的にもっていたりするんだと思います。ただ、日々のシゴトに忙殺されたり、思考を停止させてしまっているが故にいつのまにかそういった大義を忘れてしまうんだと思います。だからそこをもう一度すくいあげて、自分の大義に気付くきっかけを作る事は意義がある事だと思いますし、何よりも、僕たちの大義にもっと多くの人たちからの協力を促す為にも重要だと思っています。日々の活動が、自分の大義に直結していくような、そんな社会になったら素晴らしいじゃないですか。 僕は働き方がより自由になっている今だからこそ、自分の持っている大義に人々が戻って行く、原点回帰をして伸び伸びと自己実現をしていく。そんな時代になってきているんだと感じています。 &#160; &#160; グラスルーツが引き起こす未来。 　他にも途上国のニーズを聞き出し、そのニーズに対するサービスやプロダクトを先進国の応用可能な技術をもった大手メーカーさんと協業しながら開発する取り組みも行なっていますが、大手企業を動かすのはそれ相応の時間がかかりますし、何よりも抜本的な構造や意識を変えない限り中々取り払えない制約があるのも事実です。勿論この動きは、動きとして長期的な視点にたって相互の努力をしていく必要があるので、諦めずに継続させていきますが、一ベンチャー企業の野心として、僕たちが思い描く未来は、グラスルーツ（現地のイノベーター）が自分たちで問題解決や生活向上を促す仕組みの開発をしていくことです。夢想家と言われるかもしれませんが、一番ニーズに近いローカルの人々が自分たちの意思と想像力とで自給自足できる仕組みを創ることこそ、本質的で持続可能な経済開発に貢献できると僕たちは信じています。 　実際に、インドやベトナム、スリランカやネパールといった国々には、様々な問題や社会的ニーズを埋め合わせる製品やツールの開発をしてる人が沢山いるんですよ。 だから僕らは、途上国の課題を解決するために先進国の技術を活用してプロダクトを開発し、輸送コストをかけて中国などの工場から輸送させていくというよりも、既に存在する『グラスルーツから出現しているイノベーターたち』が更に活躍できるような自給自足のプラットフォームを作っていければと思っています。 現地の起業家や発明家にツールやナレッジを提供していくことで、工場を新しく作るこれまでのものづくりではなく、元々現地にあるアイディアに価値創造を行う事で実現します。その結果、これまで以上に機能性の高い製品が、ファブレスな仕組みをベースとして世界中に広がって行く事で、新たな雇用をローカル発で創出する事も、このモデルを活用すれば、非効率に見えても可能ですし、実行しやすいと思うんですよね。ざっと言うと、これが僕らの思い描いている未来であり、経済的貧困問題を解消させていくプランです。 &#160;   どこにでも会いに行く、ライフスタイル。 　冒頭でもお伝えしましたが、僕は年に現在300日以上、アジアで動き回って、残りは日本で活動しています。一言で僕の仕事を説明するのであれば、様々な人に出会い、構想を共有する事。これにつきます。その背景にはビジョンを実現する為には、人に会うことで叶えられていくと信じているところが強いですね。僕がアジアをくまなく移動しているのも、純粋に会いたい人がそれぞれ違う場所にいるからという理由が主です。（笑） 　ただ、最近は便利な世の中で、成瀬さんがまさに体現しているようにiPhoneと2日分の着替えとクレジットカードがあれば、世界のどこにでも行けるし、どこにでも会いにいけますからね。勿論、パスポートは必需品ですけど。 だから、僕のライフスタイルって人に会い続け、新たな好奇心や疑問を得る事なんだなーと、思います。人に会うためだったら国境を越えてどこにでも行きますよ。本当に。 &#160; &#160; 危機感が『ソシモ』を加速させる！ 　人間は社会的な活動をすると生き生きとします。僕が大好きでお世話になっている山名清隆さんという方が人が社会的活動をする時のモチベーションをソーシャルモチベーション、『ソシモ』と命名して、それから僕も好き好んでそう呼んでいるんですけど、普段は一般企業で働いている人たちが、週末はNGOやNPOの活動を手伝ったりして、自分のソシモを満たしているじゃないですか？でも彼らはそれと同時に、会社で得られないスキルや経験を手に入れる事こそができるわけなんですよね。いつ首を切られても大丈夫なように、または、自己実現をしていく為に、会社では得られない経験を求めて空き時間を活用して活動する人は年々多くなっている様に感じます。だからこれから更に混迷を極める世界の中で、こういった危機感であったり、自分のキャパシティ・ビルディングをしていく為に社会的な活動への参加は加速的に増加していくと思っています。 &#160; &#160; 世界に出るために、大切なこと。　 　これから世界で動いていく上では、常にルールとは何かを問う「疑問力」が大切です。例えば、アポをとらないで人に会ってはいけないという概念は誰が創ったのか。失礼になるかもしれないけれど、そもそも、アジアで活躍している人々は皆多忙極まりないわけで、メールや電話で受付からCEOまでつないでもらうケースなんていうのは100回あって、1度くらいでしょう。既にその人と何かやりたいとか、提案したい事があるのであれば、提案書を渡して、最初の3分で想いとピッチトークをするくらいの時間はほんのわずかな時間でも、人は持ち合わせていますよね。その時に興味をもたれなくとも、一度面識を持つ、持たないでは、その後の関係も全く変わってくるケースが多いと思います。勿論、人間関係は相手ありきの姿勢で望むべきなので、他者からの紹介やメール等でしっかりと予定を入れていただく事ができればそれにこしたことはありませんが、時にはそういった発想で行動してみるくらいの枠の飛び出し方あってよい気がします。一定の枠を出ないと、いつまでもそこにとどまってしまうという恐れもあるので、あえて言っている側面もありますが。今のルールを疑って、実験的に飛び出てみることは非常に大切だと思っています。 &#160; 話を終えて： Granmaという船。 1956年に、世界を変える船がキューバの港に到着する。その名もGranma。そこには革命家のチェゲバラ、キューバ革命を先導したカストロなど歴史に名を刻んだ革命家たちが乗っていた船だ。キューバは彼らによって大きく変わり、その渦が世界に広がっていった。本村さんの会社名、Granmaはここから来ている。 　僕はこの渦を作る過程にこそ学びがあり、発見があると思っている。大学に行かず、自分の思い描く未来を見つけてそれに突き進む本村さんの姿をみていると、大学など諸々の教育機関で学ぶことよりもさらに多くのことを学んでいるように思う。 　誰かに勉強を強いられるよりも、自分の学びたいことを自分で学び、未来のために渦を創っていくプロセスにこそ本当の学びがあるのではないか。自分の足で前に進むプロセスは不安であり、もどかしくうまく行かないことも多い訳だが、そういった中にこそ学びがある。非常に生き生きと語る本村さんに、大きな刺激を受けました。 &#160; &#160; 成瀬勇輝 ＊敬称略 &#160;]]></description>
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		<title>ノマド国家イスラエル第二弾　ハイテク農業が強い訳</title>
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		<pubDate>Thu, 22 Mar 2012 05:46:46 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[　イスラエルのGDPを支えるTOP3は、IT、農業、観光業だ。とくにITと農業を取り合わせて、IT農業が世界的に有名である。第二弾は、イスラエルのハイテク技術を農業に取り込んで発展してきている会社、TAPROJECTを紹介する。彼らは農業技術を世界に発信しながら各地でプロジェクトを起こし、世界を移動する会社だ。 イスラエル農業の強さ イスラエル農業について、田村耕太郎氏が分かり易く説明している。（以下参照。） 『国土の60％が乾燥地に覆われ、雨季は11月から4月までの間しかなく降雨量は北部で平均700ミリ、南部では50ミリ以下である。もともと、”アラブ人が農業できないと捨てた”とまで言われるほど過酷な土地に建国されたのがイスラエルなのだ。 この過酷な条件食料自給率は９３％以上。イスラエルの農業人口８万人。一方日本の農業人口４００万人。現在農業輸出高２１億ドルでほぼ同じ。イスラエルが５０倍の効率を持っているともいえる。』 （世界最強の農業立国イスラエルに学べ！） &#160; 超ハイテク農業ビジネスを手がけている、TAPROJECT 　イスラエルの大都市、テルアビブに本拠地を構えるハイテク農業ビジネスのTAPROJECT。彼らは、2つのビジネススキームを持っている。 　一つはハイテクノロジーを自家農場での生産に取り入れて、生産性が高く、農薬を使わない安全で美味しい、野菜とマイクロリーブ、そしてローズの栽培と販売すること。 　もう一つがこの会社のメインビジネスとなるのだが、自分達の自家農場にて開発してきたテクノロジーを他の国に輸出し、ローカライズすること。様々な国でプロジェクトのように手がけており、いま迄にメキシコ、グアテマラ、イタリア、タイ、そして今トルコで取り組んでいる。 &#160; 世界を動き周るビジネスモデル 　TAPROJECTは、50年間の失敗と成功で長年培ってきた農業テクノロジーを世界に向けて発信している。そのメンバーは僅か10名。今でも自家農場では、常に試行錯誤を繰り返しつつテクノロジーを発展させている。例えば、レタスの根っこに直接決まった量の水を循環させることによって、スプリンクラーのように水が空気中に分散して無駄になることなく、大幅に水の節約をできる。更に水に決められた栄養分を入れているため、土いらずで虫もつかず農薬を一切使う必要が無い。 　こういった技術を国々に対してローカライズしていくわけだ。社内は10名と少ないが、アジア人、アラブ人、と国際色に富んでいる。イスラエルは敵が多いので海外でビジネス展開する時に、国によっては、イスラエル以外の他国籍の人の方がやり易いからだ。現地にチームメンバーを2人から3人送り込んで、技術をその国の環境に合わせてローカライズして、農業生産性を上げている。このように世界を移動しながらプロジェクトを手がけている企業は、少数精鋭で多国籍の方がやりやすい。少数精鋭なので、世界の食料危機を彼らの技術で救うという会社のビジョンの共有が浸透しやすい。そして多国籍のため、国ごとの争いへのリスクヘッジになるのだ。 &#160; 厳しい環境から生まれたテクノロジー 　イスラエルには昔から農業共同体から端を発したKIBBUTZがあるので、そのコミュニティの中で生まれてきた技術が相まって、非常に農業が強いと言われる。だが、イスラエルの数あるイノベーションの一番の理由は、周りが敵に囲まれているから、である。特に農業に関して言えば、周辺諸国に頼る事が出来ないので、安全保障上、自分達で作らなければならない。だから、イスラエルの『夏は熱く、冬は寒い。水が無い上にユダヤ人は農業に従事したく無い。』という農業に取って厳しい環境下の元で世界一の農業テクノロジーが発展した。灌漑設備、水の管理、生産性で言えば間違いなく世界一である。これから水の需要は間違いなく大きくなる中で、彼らの技術は世界規模で、非常に重宝されるだろう。 ピンチをチャンスに変える、とはまさにこういうことだ。我々日本にとっても、今あるピンチは大きなチャンスでもあるのだ。 &#160; &#160; 成瀬]]></description>
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		<title>ノマド国家イスラエル第一弾　アーティスト、倉橋元治氏</title>
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		<pubDate>Sun, 11 Mar 2012 20:07:46 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[ノマド国家イスラエル 　ユダヤ人は定住できる場所を持つたびに他民族から幾度となく侵攻をうけ、現代のイスラエル国が誕生するまで長い離散生活を余儀なくされていた。世界各地を遊牧民のように移動しながらも、一つの宗教で繋がっていたユダヤ人。彼らは特に金融業で財を成し、世界有数の金持ちな民族と言われている。今はイスラエルの中で定住をしている訳だが、この遊牧民族が作り上げてきたイスラエルという国はまさにノマド国家である。このイスラエルで、面白い方々にお会いしたので、その内お二方を2稿に分けて紹介する。 &#160; 倉橋元治氏　日本とイスラエルをアートで繋ぐ 　日本で３０年以上きこりをしながら、木の中に日本の文化を埋め込むアートを制作している。一ヶ月のうち１５日はきこりとして、１５日をアーティストとして過ごしている。１５年前にイスラエルの前大統領夫人にその作品が気に入られ、エルサレムで個展を開いて以降イスラエルで何度か個展を開いている。日本にもイスラエルからのお客様を迎える時には、倉橋氏の自宅に泊まりにくるなど、イスラエルと日本をアートで繋いでいる。 &#160; NOMAD 　NOMAD（ノマド）とは、そもそも何か一芸に秀でているもの、世界の競争にさらされても大丈夫な人なんですよ。僕のアートは木をチェーンソーで削るもので、これは長年のきこりでの技術によるものなんです。この長年の技術が、世界にさらされても足り得るものになっている。経験は力です。３０年以上の経験から、木を削って行く時には『あうん』の呼吸で掘る事ができるんです。世界の技術を持つ事が鍵です。 &#160; &#160; 温故知新 　僕は常に古いものは新しいと思っています。そして新しいものは古い。僕らは過去を振り返る事によって未来を創造できる。温故知新ということは、そういうことですよ。 　私が思う所だと、今の日本の文化発信はうるさい。なんでもかんでも派手にしようとしている。 日本の文化の良い所は静かさにあると思っています。静かだけど、奥深い。 個人的にそう思うから、まだまだ小さいですがイスラエルと日本で個展を開いて、日本の『木の文化』を、発信しています。小さい個展が多くwebを一切使っていないので、私のアートはあまり目に触れないというのが今の一番の課題ですね。 &#160; &#160; 日本とイスラエル 日本とイスラエルには、昔から知らない所で関係があった。 日露戦争時には、資金調達に苦労していた日本軍に対して、ユダヤ人の銀行経営者が国債を取り付けてくれたお陰で必要な装備も整えることに成功し見事に勝利した。 また第二次世界大戦時には日本の杉原千畝さんが、ドイツ侵攻により国から避難したかった、リトアニアに住むユダヤ人のため、独断でビザを発行して6000人以上の命を救った。 この歴史を紡ぐように、現在イスラエルと日本をアートで繋いでいる倉橋氏の素晴らしい活動を、短いながら紹介しました。 &#160; 成瀬]]></description>
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		<title>BRICSの一員　南アフリカの可能性</title>
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		<pubDate>Mon, 27 Feb 2012 09:38:33 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[BRICSの一員、南アフリカ 　BRICsの一員になっている南アフリカ。実際に訪れるまでは、なぜこの国が他の大国と同じようにBRICsに分類されているのかが分からなかった。南アフリカはアフリカ大陸最大の先進国で、アフリカ大陸に進出する大手企業の一つの入り口となっている。まずは南アフリカを拠点にし、そこからアフリカ大陸に進出していく企業が多いのだ。アフリカ大陸は人口成長を考えても、これから非常に大きなマーケットになるから、南アフリカはBRICsの一員となったのだろう。ここは外国企業のHUBになっている場所なのだ。 　さて、今回は南アフリカのケープタウンから少し離れたところにあるステレンブッシュを紹介したい。僕が今まで世界を回ってきた中で一番好きな町だ。この町は学生の町として有名で、南アフリカで一番の大学、ステレンブッシュ大学がある。そしてここは、ワインランドとして非常に有名な場所だ。僕がステレンブッシュに伺った一番の理由はこのワインにある。ワイナリーとホテルが融合しているワイナリーホテルがあるのだ。 ワイナリーホテル 　ワイナリーホテルは、『別世界の体験を売る』ビジネスだ。素晴らしい景色の中で、美味しいワインを飲み、食事に舌鼓を打ちながら、ゆっくりとした時間を楽しむ。ワインを飲んだら車では帰れないから、本来ならワイナリーには宿泊施設があるべきなのだ。 　宿泊したのはWEBERSBURG。ここのビジネスモデルが面白かったのは、彼らは宿泊施設からは儲けていない点である。ワインから儲けているわけでもなかった。彼らはイベントで金を稼いでいた。一番大きな収入源は結婚式だ。毎週末に１、２回式を挙げており、6月一杯まで予約が埋まる程の大盛況らしい。一回の式で＄50,000ー60,000程かかるが、ヨーロッパ各地から式を挙げる為に親戚一同、南アフリカまでくるのだ。そしてまるで別世界のような美しい景色の中で式を挙げ、人とは違った結婚式に皆満足して帰っていく。ここに、このワイナリーホテルビジネスの価値があった。非常に参考にしたいビジネスだ。 南アフリカの進む道 　ワイナリーホテルも含め、総じて南アフリカはチャンスの宝庫だ。経済成長率もマーケットも今の段階で大きくはないけれど、南アフリカはアフリカ大陸へ進出する企業の入り口となる場所である。南アフリカに来ることは、アフリカ大陸の人々の一つのプレステージとされていることもあるので、これから拡大するニューリッチ層の格好のたまり場になる。だから観光、特にウェディングはまだまだ伸びるに違いない。 　この国の課題を挙げるとするならば、アフリカ大陸に進出する外国人起業家たちの入り口にはなり得ているが、アフリカ大陸内にいる起業家同士のハブにはまだなれていないところだろう。ここがこれからの一番の鍵になるに違いない。この機能を果たせれば、南アフリカ（ケープタウン）が世界の中で大きな中心都市になる日も近いだろう。 &#160; &#160; 静寂なる地への開拓 　人々がより都心部に集まってきてフラット化が進み、海外の出来事が当たり前のように自分の毎日に影響する時代だ。そんな忙しい時代の中、日常から離れた別世界で、静けさに浸ることのできる『静寂なる地』への需要がもの凄い勢いで伸びていくと思っている。エジプトにある砂漠ツアーもそうだが、日常と乖離した場所への観光は大きなチャンスを秘めているのではないか。そんな中、特に中国は南アフリカに早くから投資し一歩先を行っている。観光業においては特に、未来を見据えて需要を捉えるスピード感が大事になってくるに違いない。 　 &#160; 成瀬勇輝 文章校正：増田祐加]]></description>
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		<title>サグラダファミリアの主任彫刻家　外尾悦郎氏</title>
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		<pubDate>Thu, 16 Feb 2012 09:42:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nomadp</dc:creator>
				<category><![CDATA[Global Report]]></category>

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		<description><![CDATA[  外尾悦郎氏　 　1953年、福岡県出身の彫刻家。現在は、バルセロナのサグラダファミリアにて主任彫刻家を務めている。石工になるべく25歳で日本を飛び出し、バルセロナに移って35年が経つ。2000年に完成したサクラダファミリアの生誕の門は、世界遺産に登録されている。ガウディの意志を継ぐ東洋人は、スペイン人からも尊敬のまなざしを受けている。   同じ方向を見ること。 　僕が石工をはじめたのは、大学の時の石の先生が格好良かったから。彼は元々特攻隊員で、戦争で死ぬはずだった人間。変わらぬものを求めて石にたどり着いたんでしょう。その生き様を横で見ていて、僕の石への興味がはじまったんです。 　サグラダファミリアに来たのも、石を掘りたかったから。でもここで石を彫るなら、まずガウディを知らなければならない。そこで僕は勉強をはじめました。こっちの人は誰が創っても同じだと考えているので、過去をあまり勉強しようとしない。でも僕は真面目だったので、ひたすらガウディについて勉強しました。 　少しでも近づきたくて勉強をはじめたのですが、ガウディには一向に近づけなかった。僕とガウディの間には小さくても深い溝があったんです。彼は僕など見ていなかった。だから僕は彼を見ることをやめた。彼が見ている方向（未来）を見ることにしたのです。同じ方向を見る。そうしたら僕が彼の中に入り、彼が僕の中に入ってきた。ガウディが見ている未来をみて、考える。同じ方向を見ることで、自然と彼が何を作りたいかが分かるようになったんです。一年ごとに更新されていく契約で、僕が35年間勝ち残れている理由はそこにあるのかも知れません。 情熱の伝播。 　実はガウディがサグラダファミリアを建築する時、彼は図面を使っていなかった。そもそも石を彫る人達は図面など読めなかったんですよ。でも当時、図面が読めないと石堀りになれないという慣習があった。それをガウディは取っ払ったのです。そのかわり、彼は一人一人に合わせて説明をした。彼は情熱を伝えていたのです。情熱を伝えるとは、愛を芽生えさせるということ。そして、心に焔を灯していくということ。これこそがガウディの最初の図面なのです。日本の教育もそうなんですが、一人一人の心の中に情熱の芽を植えて行くことが、これからの未来を考える大きな一歩なのだと思います。 　ガウディは本当に仲間（職人）を第一に考えていました。だから彼はまず、サグラダファミリアの横に学校を建てたんです。これは、職人たちに希望を持ってもらうため。職人の報酬は希望だったのです。自分の子供たちに希望があるから、職人は一生懸命働く。建築中に一度も事故を起こさないという奇跡を起こせたのも、こういった理由からなんですよ。 　今世界は、システムという名の下に人々が埋もれてしまっている。システムは無機質なので、ノウハウしか伝わらないんです。いつの時代も人から人に完璧にノウハウを伝えるという事はできない。次に伝えられた時には元の80％になっている。そして次もその80％。という事はオリジナルの64％なのですよ。こうやってどんどん小さくなる。だからノウハウを伝えるのではなく、情熱を伝えていくことが大事なのです。   人間は時間と空間を移動する。 　僕は、神が時間を創り、悪魔が時計を作ったと思っています。人間には空間と時間が与えられているけれど、空間は飛行機などで移動できると考えていても、時間を移動するという感覚はあまりないのではないでしょうか。時は、過ぎて行くものではなく過ごすものなんです。この一秒、一時間という区切りは我々が作ったもので、たいした意味など無いのです。だから65歳のおじいさんだろうと、22歳の青年だろうと、人生の移動距離が大事なんですよ。年を取っていてもまるで移動していない人もいれば、若くても長い人生の距離を移動している人もいる。時を移動する感覚を身につけるのはいかがでしょう。 次の世代、若者へ。 　僕たちは30世紀を考えなくてはいけない。21世紀とは30世紀へのはじまりです。だからこそ、個人主義ではなく人類の権利を考えていく必要があると思っています。すべてを自分の責任に落とし込んでいけること。時間を移動すると言いましたが、僕たちは無限の時間と空間の中にいる。そして僕たちは時間を移動しているのです。「時間は自分の周りを過ぎていく」と受け身にならずに、自分たちで移動していくのです。例えば、2022年をこうしたい、という到着地点を決めてから、それに向かってまるで石を彫るようにがむしゃらに進んでいくのです。だから時間を移動している感覚を持って、自分の人生と未来を掘り下げていきましょう。 &#160; ：話を終えて。 時間を移動することで境を超える。 　ガウディと同じ方向を見ながらサグラダファミリア建築に携わることによって、過去と未来を繋いでる。そしてサクラダファミリアの石の中に情熱を灯すことによって未来を生きている。外尾さんは時間を移動しているのだ。 「時間を移動する」のであれば、持ち物は少ない方がいい。持ち物とは、心の枷のことだ。本当に大事なものが何か分かっているということは、大事ではないその他のものを捨てられるということ。周りのくだらない雑音を取り払えるということ。そうすることで、自分が見るべき方向に向かって動いていける。 『オリジナルは、オリジンに戻ること。』 今情報が溢れている中で、一旦情報を捨ててオリジンに戻ること。自分と向かい合って行くこと。それは原体験を自分で探しにいくことなのかもしれない。だから僕は団体でまるで護送ツアーの様な形で海外に出るよりも、一人旅を勧めている。自分と向き合うことのできる「旅」は、そのオリジンに戻る手助けをしてくれるはず。一度身の回りにあるモノから離れて、今の”境”を超え移動してみるのはいかがだろうか。 &#160; 成瀬 文章校正：増田祐加 &#160;]]></description>
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		<title>移動する人々のモノ　無印から見る未来</title>
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		<pubDate>Tue, 07 Feb 2012 22:38:19 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[Writiing]]></category>
		<category><![CDATA[ライフスタイル]]></category>

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		<description><![CDATA[移動民のための、モノ &#160; &#160; 僕は最近モノを買う時は、大きく２つに分かれています。 １：センスがあるか、軽くてコンパクトか、そして長持ちできそうか。いわゆる高価なモノ。 ２：その国だけで使う、完全に使い捨てのモノ。いわゆる安価なモノ。 このどちらかになる。 例えば、マサイ族が修行の為の狩りに行く時だって持ち物は楯とやりとお守りだけ。必要なモノは現地で調達するという考え方なんです。 今、世界のあちこちに移動をしていて思う所だが、日本からのブランド、無印とUNIQLOはヨーロッパで良く見かけた。その中で無印の防災グッズコーナーに置いてあった商品をクローズアップしたい。 &#160; &#160; 未来に向かって移動する &#160; &#160; 　無印では震災以降、いつ災害が起きても準備ができる様、小さくて軽く、常に持ち運びのできる防災グッズが売り出されていた。これは日本だけでなくイギリス、スペインなど至る所に置いてあった。 　僕はこれから人類は更に大きく移動を続けていくだろうと思っているし、移動している方がアイデア、直感力が生まれると思っている。環境をコロコロと移動している人の方が、前の環境から距離を置くことができる。一定の距離が無いと、物事って見えてこない事が多いので、場所から離れて常に外から見れる視点を持てるとアイデアも増えるし、元の場所にいた自分を知る事もできる。だから移動して距離を離れてはくっついて、の繰り返しの方が感性も際立つと思います。 　そして、移動するには最低限の持ち物で、常に身軽でありたい訳だ。そんな、移動民の心をくすぐる一つの形がこの無印の防災グッズな気がする。特に小さく折り畳めるドライヤーには驚いた。他にもUNIQLOのウルトラライトパーカーは、簡単に小さくまとめられて温かく、本当に重宝している。 （無印：長旅に備える） （UNIQLO：ウルトラライトパーカー） &#160; こういった移動民の為の商品が更に大きいマーケットになるだろうし、それでいて未来のライフスタイルの一つの指針にもなるのではないでしょうか。 &#160; &#160; 以前のTweet 『これは。一つのブランディングになりそう。&#124; 持ち物ぜんぶでたった15個のシンプルすぎる男 』 『環境をコロコロと変えている人の方が成長しているのは、環境を変えた後にようやく、前の環境が理解できるからなんだろうなぁ、と。 @キリマンジャロ』 &#160; 成瀬]]></description>
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		<title>渦を創ること　サイトリニューアル</title>
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		<pubDate>Thu, 02 Feb 2012 22:22:58 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[Writiing]]></category>

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		<description><![CDATA[&#160; &#160; 　サイトを完全にリニューアルしました。以前のサイトは僕しか更新できないものだったが、今回はwordpressを使って皆が更新することができるようになっている。世界を旅し、色々な人々に会いながら新しい渦を創りたいと考えている若者たちに、僕のNomadProjectをプラットフォームとして使ってもらいたいからだ。 &#160; 21世紀のライフスタイル &#160; 　ここ最近、Nomadという言葉を随分耳にするようになった。このNomad Project をやろうと思いついたのは、2010年にバブソン大学にいた頃だったので、その頃に比べるとNomadという生き方が随分と広まっていて、様々な解釈がなされているように思う。僕のNomadProjectの大きなキッカケともなったジャックアタリの21世紀の歴史。僕はこの本を、遂に国の枠を超える時が来たと伝える本だと思っている。境を超えていくことが、これからの時代なのではないか。自発的に枠を超えていくこと、個人がフラット化していくこと。これが21世紀のライフスタイルになるように感じている。   　僕が気掛かりなことは、世界が小さくなり国同士が密接に関わりながら大きく動いていく時代の中で、日本という島国が、この流れの中でどうも孤立しているように見えることである。世界と繋がっている人材があまりにも少ないのだ。さらに日本の外から需要を作り出す、いわばプロモーターのような存在がいないのではないか。これが日本の大きな問題だが、これはまた大きなチャンスでもある。世界に出ている日本人が少ないということは、数少ない日本人として重宝されやすいということだ。だから若い時に世界に出て世界と繋がって、外からの視点を身につけることによって”グローバルな日本人”になれれば大きな強みになる。     &#160; 渦を創ること &#160; 　そういった中で、僕は日本人の若者に一つ提案がある。個が世界と繋がる時代が来ている。だから日本から世界に出て世界と繋がって、ビジネスを起こして繋がり、新しい時代を創る僕らの世代を盛り上げていきたいと思っている。  　その一つの形として、現在世界一周をしている濱村にもNomadProjectへ参加してもらうことにした。これから世界に出て戦おうとする人、コネクトしようとする人、Gap Yearを使って世界に旅をしていく人、どんなに小さくてもいいから渦を創っていくことが大切だ。僕はこのNomadProjectが、そんなひとつの小さな渦になることを願っている。  　これからは更に素晴らしい起業家の方々、日本の企業と一緒に仕組みを創っていくつもりです。僕らの世代で一緒に、日本から世界へ乗り出して渦を作ろう。 &#160; &#160; 成瀬 （いまは実験的に濱村にも参加してもらっていますが、詳細な参加要項などは僕が日本に帰る夏以降に公開します。）]]></description>
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		<title>Mr Marc Panther　荒波から学ぶ</title>
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		<pubDate>Thu, 01 Dec 2011 11:17:10 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[Nomad]]></category>

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		<description><![CDATA[マークパンサー。父親が旅人だったこともあり、小さい頃から色んな場所を訪れ、人とは少し違った育ち方をしてきた。２歳からモデルとしての活動をはじめる。その後モデルという静止画から、動画を扱うVJに興味を持ちはじめ、音楽の世界へ。globeで活躍した後、娘のために石垣島へ移住。現在はフランスのニースで家族と暮らしている。 ニースではDJとして音楽活動をする一方、『博多道場』という名のもつ鍋屋を中国で経営しており、グローバルに活躍している。 娘が生まれて、僕は人生の主役を降りた。 　人生の主役は、僕の娘。娘が生まれて、僕は人生の主役を降りました。いつも娘にとって一番良い環境を用意してあげたい。そのために僕はノマドになっているんです。娘のためなら世界のどこにでも移動しますよ。  　ある日、娘がいつもテレビにかじりついていることに気が付いたんですね。このままじゃだめだと思って、石垣島へ引っ越すことにしました。そこから親父と一緒に石垣島料理店をはじめて。新しく何かをクリエイトするのが好きなんですよね。だけど、ある事件をきっかけに娘がいじめられるようになった。「だったらここから出ちゃおう。また皆でゼロからはじめていこう。」そう思って、じいちゃんばあちゃんも含めて家族みんなでフランスへ行くことにしました。でもこれは逃げじゃないんです。いたくない場所にいて、やりたくないことをやっていることこそが逃げ。だから、海外に出てみんなでまたやり直すことにしました。 読めない、喋れないと相手にしてもらえない。 　どこの国でも、新しい国に行けば必ず文化の違いがあります。例えばニースでは郵便局で困っていても誰も助けてくれない。日本では困ったら誰かが助けてくれる。だけど、ここでは誰も助けてくれないんです。お前の召使いじゃないんだと、聞いても教えてくれないんですよね。自分でやれと。読めない、喋れないとそもそも相手にしてもらえない。そういう世界なんです。でもこの違いが楽しいし、そこから学べることはたくさんあります。だからこの荒波こそが楽しいといつも思っています。 エンターテイナーとして、常に自分を演出すること。 　飛行機は必ず一番後ろの席に座ります。シド・ビシャスが映画で座っていたのは一番後ろの席だったんですよね。だから僕も同じ場所に座る。そうやって自分の人生を、自分の旅を演出していく。どんなにつらい事があったって、ニースの夕焼けを眺めながら、『今夕焼けを眺めている』自分を演出すれば、またやってやろうという気になるんですよ。 荒波に揉まれて人は強くなっていく。 　日本では、日本一になろうとする人はいるけど、世界一になろうとする人がいない。日本一になることはちっとも大切じゃない。世界一になることの方が大切なんです。だって誰もその国の一番なんて気にしてないでしょう。世界で闘うということは、荒波に揉まれながら、倒れない強さを掴んでいくことです。異国の地でバッシングされて、倒されて、ぼこぼこにされて、何度も転んで。そうやって荒波に揉まれる中で、だんだん倒れなくなってくる。ちょっとやそっとじゃ倒れなくなって、世界一になれるんです。 世界に出るということ。 　世界に出ることは、決して楽なことではない。だから何か基礎を固めて出るのが一番良いかな。基礎っていう部分が見つからないのならば、武道でもやってもらって（笑）。そうすれば海外に出たときに、荒波が来てもくじけずに耐え抜くことができると思います。この荒波に耐えることができたなら、そこから離れられなくなりますよ（笑）。ぜひ世界に出てみて下さい。きっとしばらくして日本に戻ったときに、どれだけ日本が素晴らしい国かわかると思いますよ。   &#160; 荒波から学ぶこと。 　去年アメリカのバブソン大学に留学していた時に、僕も初めての荒波を経験した。バブソンは起業学で有名な大学で、周りの学生は皆、起業家精神に溢れた優秀なやつばかり。その中で英語という面で周りから劣っていた僕は、自分の居場所を見つけることが出来なかった。誰にも相手にもしてもらえず、最初はかなり落ち込んでいたが、それでもこのままじゃだめだと思って、とにかく必死に勉強した。周りが１時間掛けて準備していくことを、僕はその2倍、３倍やるようにした。そうすれば少しでも認められると思って。そういった努力を続けて、僕はやっと自分の居場所を見つけることができた。この経験が、今の僕の自信に繋がっている。人はこうやって荒波を乗り越えたときに、初めて自信を持つことができるのではないだろうか。  マークさん、お話有り難うございました！ &#160; &#160; インタビュー：成瀬 文章校正：増田祐加 敬称略]]></description>
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		<title>FRENCH CHEF KEISUKE MATSUSHIMA</title>
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		<pubDate>Wed, 30 Nov 2011 04:41:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>nomadp</dc:creator>
				<category><![CDATA[Global Report]]></category>

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		<description><![CDATA[1977年福岡県生まれ。「料理人の素質がある」と母親に褒められたことがきっかけとなって、料理 の道を志す。小さい頃にコロンブスの伝記を読んで以来、海外に憧れを持つようになり、20歳で料理の修業のため渡仏。25歳で自分のレストランをニースに 持ち、その後28歳という若さでミシュラン一つ星を獲得。今は東京にも店を構え、世界を舞台に活躍している。 一つの道を極めれば全ての道に通ずる 僕は自分のことを料理人ではなく、クリエイターだと思っています。料理バカにはなりたくないんです。自分 が出来る事を一つに絞る必要は無いし、可能性は無限にある。「自分にはこれしかできない」って可能性を狭めないで、色んな事をパラレルにやっていけばいい じゃないですか。一つの道を極めれば全ての道に通ずる。だから何かに成功できたら他でもうまくできるし、自分の可能性を狭める必要は全くないんですよ。 &#160; 本気で取ってやろうという姿勢があれば、夢の一つくらいは簡単に叶えられる 海外で成功したいなら、 語学は出来て当たり前。現地の言葉でしっかりシェフと話して、それを次に繋げないといけない。見よう見まねじゃ駄目なんです。それから、本気で取ってやろ うという姿勢が大切。僕はフランスに骨を埋める覚悟で来ました。この本気の姿勢があれば、夢の一つくらいは簡単に叶えられますよ。 僕は日本人では前人未到のことをやろうとしていたので、ロールモデルはいませんでした。ただライバルなら いて、それはフランスにお店を持っているフランス人。国は違えど同じ人間なんだし、俺にも出来るはずだっていつも思っていました。だから誰もがライバル。 そういう姿勢でいかないと海外で勝てないんですよね。 &#160; 日本人の強みは、相手に合わせて変えていけること 僕の日本人としての強みは何か。まずは真面目さ。フランスでは、勤勉な日本人の労働姿勢が評価されている んです。この過去からの信用を失わないようにしなくちゃいけない。それから現地に合わせた食材を提供できる翻訳力。ホスピタリティとでも言うんでしょう か。相手に合わせて変えていく。僕は現地の食材をよく観察して、より良いものを提供できるように料理しています。日本は元々、加工貿易の国なので、相手に 合わせて何かを加工し、より良いものを提供するというのは得意分野だと思います。 伊万里焼きから未来へ 日本の芸術文化が世界に対して花開いたのは、日本人が高度な技術を持っていたから。昔はオランダがアジア から、青色陶器を輸入していました。主に中国から皿を買っていたけど、中国で内乱が起きたので、同じ技術を持っている日本に頼むことになったんです。それ が日本の輸出産業の走りだった。だけどしばらくして、オランダは日本からの輸入を辞めてしまいます。内乱が終わった中国との価格競争に負けたと思っている けど、そうではなくて。オランダは色付けされた派手な皿ではなく、アジア人にしか出来ない筆の落とし方で作る色彩のある皿が欲しかった。だけど輸出で豊か になっていた日本の技術者達は需要については考えずに、ただ自分たちの価値観の中で質が高いものを提供すれば良いと思っていたんですね。相手を理解してい なかったから、ガラパゴス化が起きた。供給サイドがイニシアティブを取ると、日本ではその産業がだめになる。今の携帯も同じでしょ。 今の日本には、海外から日本を引っ張れるプロモーターがいない。供給する人だけでなく、外の需要を見るこ とができるプロモーターが必要なんです。今までは日本の市場が大きかったから、海外のサービスを日本にいれて加工するだけでビジネスができていました。で も、これから日本の市場は小さくなる。だから逆の発想でビジネスをしていくべきなんです。 &#160; 常に自分の刀を磨いていれば、世界のどこででも闘える 『出る杭は打たれる』と言うけれど、日本にいて打たれると思ったら、海外へ行くという選択肢を持つ事も大事。でもこれだけワンピースが人気になっているのに、世界に出て行く人ってそんなに増えてない。自分の人生は、どうしても安全な道を選んでしまうんですよね。 みんな自分の刀を研いでないで、情報だけで生きている。その情報を使って自分を磨いていないし、深く考え てもいない。でも常に自分の刀を研いでいれば、世界のどこででも闘えるんです。僕は、フランスでミシュラン一つ星という強力な武器を手に入れた。これは世 界のどこにでも行ける最強の武器になりました。 若い人たちには、自分を磨きながら、「馬鹿力」を持って世界で挑戦してほしい。「馬鹿力」とは、失敗を恐れ ずに飛び抜けたことができること。そして飛び込んだ先で、常に輪の中心にいることが大切です。外に出たら、輪の中心にいるべきですよ。だから下ネタでウケ を取れる事はかなり重要。世界のどこにいても輪の中心にいられる力は、これから世界に出る人達にぜひ持ってほしいスキルですね。 &#160; 世界で戦うシェフ、松嶋啓介 ニースの大通りに店を構える松嶋さん。彼は常に先を見据えつつ、確固たる姿勢をもって物事に挑み、夢→計 画→実行を繰り返して常に新しいことに挑戦し続けている。自分の歴史をしっかり持っていて、これから先進むべき道を示せる人物だ。未来を示すには、過去の 失敗としっかり向き合う必要がある。未来は過去の改善によって作っていくものだから、ビジネスはそうやって新しいものを生み出していくべきだろう。日本が世界に闘う上で必要なのは、日本を十分に理解した上でさらに外の需要をしっかりと理解しているプロモーター。この歴史を未来に紡ぐ力と、現地の需要を真に理解できる人材こそが、日本が今、必要としている人材ではないだろうか。 最後に、松嶋さんを紹介して頂いた僕の先輩である嶺井さんと、貴重なお時間を頂戴してお話させて頂いた松嶋さんに、改めて感謝します。 &#160; インタビュー：成瀬 文章校正：増田祐加]]></description>
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