現場から世界を変える。アジアを飛び回る起業家、本村拓人

 本村拓人

 高校を卒業後、名古屋にて派遣事業を立ち上げるも、わずか一年で会社を閉鎖。その後、経営を体系的に学ぶ為にアメリカへ留学。留学中にアジア各国を放浪、中でも『未来を変える80人』という本で紹介されていたバングラデシュの起業家、マクスード・シンハさんとの出会いが目指すべき起業家像を決定づける。彼が展開するゴミを堆肥へ変換させる事業は貧困層に対して新たな雇用を創出し、国内の自給自足率の向上を実現させるという社会性と収益性を両立させた画期的な事業構造を実現していた。放浪中に自身が着目した“貧困”というテーマに対して同じように事業を通じて解決する事を決意する。広告制作会社を経て25歳の時に株式会社Granmaを創業。 本村氏は一年の約300日をアジア各国を周りながら生活をしている。Granmaの創業メンバーは皆バックパッカーという異色な会社。

 

 

大義が広がって、社会が大きくシフトする。

 僕が貧困問題に取り組むようになったのは、未来を変える80人という本に出会い、その中で紹介されていた起業家に直接会って話を聞いたことがきっかけ。彼は貧困層が自らの力で生活を改善させて行く為にまずは単純で誰にでもできる仕事を創り出せる仕組みを構築し、その仕組みを社会性と収益性を両立させるモデルに昇華させていました。彼の事業家としての想いだけじゃなくて、構想を一歩ずつ現実のモデルにまで落とし込んでしまう実行力と忍耐力に本当に感銘を受けました。一度事業を失敗した経験をしていた僕にとっては、その後の事業家としての考えをがらりと変えさせられる大きなきっかけとなりました。現在はアジア各国を周りながら経済的貧困層が抱えている本質的な問題を理解しながら、現地の生活を向上させ“インフラ”を提供する事業を様々なステイクホルダーと共に進めています。

 僕たちがやっていることはまとめると全部で三つ。大手企業(メーカー)さんと共に途上国地域で必要とされている生活インフラのデザインから仕組みを提案するコンサルティング事業。主に日本で世界に蔓延る様々な社会問題を分かりやすく伝える事を目的にした展覧会やカンファレンス、ワークショップの企画立案から運営までを実施するコーズ・プロモーション事業。そして、昨年(2011年6月)より進めているのがGrassroots Innovation(以下、GRI)(社会課題やニーズに最も身近に触れているローカルの人々自らが考案した様々な革新)を普及させる為に世界に散らばっている様々なGRIをデータベース化して、他地域にナレッジをシェアし、実際に使われる仕組みを構築している。既に20万の農村地域に遠隔医療を提供しているローカル発の起業家と共に新たな事業を日本の企業を巻き込みながら構築しているケースもある。僕らの事業に共通しているのはすべて途上国の貧困問題を解決するという『大義』なんですね。

 社会問題をより分かりやすく人々に伝える為にイベントを企画しているのも、この大義に多くの人々の意思を傾けてもらい、共感度を高めていく狙いがあります。そうする事で、人々が社会に存在する根本的な問題に気付き、中には自分が持っていた大義を思い出してもらう、そのきっかけ作りにも繋がって行きます。例えば、あるエンジニアが途上国の水の課題をしっかりと理解することで、本来もっていたエンジニアリングの力で社会をよりよくする仕組みづくりに寄与するといった大義に結びつくことで、会社で託されているミッションとは別に、または、会社内でそういった大義に直結する仕事をクリエイトするといった現象は実際に僕の身近でも起こっています。「こんな社会にしたい」とか「世界を良くする仕事をしたい」といった想いを実は多くの人は潜在的にもっていたりするんだと思います。ただ、日々のシゴトに忙殺されたり、思考を停止させてしまっているが故にいつのまにかそういった大義を忘れてしまうんだと思います。だからそこをもう一度すくいあげて、自分の大義に気付くきっかけを作る事は意義がある事だと思いますし、何よりも、僕たちの大義にもっと多くの人たちからの協力を促す為にも重要だと思っています。日々の活動が、自分の大義に直結していくような、そんな社会になったら素晴らしいじゃないですか。

僕は働き方がより自由になっている今だからこそ、自分の持っている大義に人々が戻って行く、原点回帰をして伸び伸びと自己実現をしていく。そんな時代になってきているんだと感じています。

 


 

グラスルーツが引き起こす未来。

 他にも途上国のニーズを聞き出し、そのニーズに対するサービスやプロダクトを先進国の応用可能な技術をもった大手メーカーさんと協業しながら開発する取り組みも行なっていますが、大手企業を動かすのはそれ相応の時間がかかりますし、何よりも抜本的な構造や意識を変えない限り中々取り払えない制約があるのも事実です。勿論この動きは、動きとして長期的な視点にたって相互の努力をしていく必要があるので、諦めずに継続させていきますが、一ベンチャー企業の野心として、僕たちが思い描く未来は、グラスルーツ(現地のイノベーター)が自分たちで問題解決や生活向上を促す仕組みの開発をしていくことです。夢想家と言われるかもしれませんが、一番ニーズに近いローカルの人々が自分たちの意思と想像力とで自給自足できる仕組みを創ることこそ、本質的で持続可能な経済開発に貢献できると僕たちは信じています。

 実際に、インドやベトナム、スリランカやネパールといった国々には、様々な問題や社会的ニーズを埋め合わせる製品やツールの開発をしてる人が沢山いるんですよ。 だから僕らは、途上国の課題を解決するために先進国の技術を活用してプロダクトを開発し、輸送コストをかけて中国などの工場から輸送させていくというよりも、既に存在する『グラスルーツから出現しているイノベーターたち』が更に活躍できるような自給自足のプラットフォームを作っていければと思っています。 現地の起業家や発明家にツールやナレッジを提供していくことで、工場を新しく作るこれまでのものづくりではなく、元々現地にあるアイディアに価値創造を行う事で実現します。その結果、これまで以上に機能性の高い製品が、ファブレスな仕組みをベースとして世界中に広がって行く事で、新たな雇用をローカル発で創出する事も、このモデルを活用すれば、非効率に見えても可能ですし、実行しやすいと思うんですよね。ざっと言うと、これが僕らの思い描いている未来であり、経済的貧困問題を解消させていくプランです。

 

 

どこにでも会いに行く、ライフスタイル。

 冒頭でもお伝えしましたが、僕は年に現在300日以上、アジアで動き回って、残りは日本で活動しています。一言で僕の仕事を説明するのであれば、様々な人に出会い、構想を共有する事。これにつきます。その背景にはビジョンを実現する為には、人に会うことで叶えられていくと信じているところが強いですね。僕がアジアをくまなく移動しているのも、純粋に会いたい人がそれぞれ違う場所にいるからという理由が主です。(笑)

 ただ、最近は便利な世の中で、成瀬さんがまさに体現しているようにiPhoneと2日分の着替えとクレジットカードがあれば、世界のどこにでも行けるし、どこにでも会いにいけますからね。勿論、パスポートは必需品ですけど。 だから、僕のライフスタイルって人に会い続け、新たな好奇心や疑問を得る事なんだなーと、思います。人に会うためだったら国境を越えてどこにでも行きますよ。本当に。

 

 

危機感が『ソシモ』を加速させる!

 人間は社会的な活動をすると生き生きとします。僕が大好きでお世話になっている山名清隆さんという方が人が社会的活動をする時のモチベーションをソーシャルモチベーション、『ソシモ』と命名して、それから僕も好き好んでそう呼んでいるんですけど、普段は一般企業で働いている人たちが、週末はNGOやNPOの活動を手伝ったりして、自分のソシモを満たしているじゃないですか?でも彼らはそれと同時に、会社で得られないスキルや経験を手に入れる事こそができるわけなんですよね。いつ首を切られても大丈夫なように、または、自己実現をしていく為に、会社では得られない経験を求めて空き時間を活用して活動する人は年々多くなっている様に感じます。だからこれから更に混迷を極める世界の中で、こういった危機感であったり、自分のキャパシティ・ビルディングをしていく為に社会的な活動への参加は加速的に増加していくと思っています。

 


 

世界に出るために、大切なこと。 

 これから世界で動いていく上では、常にルールとは何かを問う「疑問力」が大切です例えば、アポをとらないで人に会ってはいけないという概念は誰が創ったのか。失礼になるかもしれないけれど、そもそも、アジアで活躍している人々は皆多忙極まりないわけで、メールや電話で受付からCEOまでつないでもらうケースなんていうのは100回あって、1度くらいでしょう。既にその人と何かやりたいとか、提案したい事があるのであれば、提案書を渡して、最初の3分で想いとピッチトークをするくらいの時間はほんのわずかな時間でも、人は持ち合わせていますよね。その時に興味をもたれなくとも、一度面識を持つ、持たないでは、その後の関係も全く変わってくるケースが多いと思います。勿論、人間関係は相手ありきの姿勢で望むべきなので、他者からの紹介やメール等でしっかりと予定を入れていただく事ができればそれにこしたことはありませんが、時にはそういった発想で行動してみるくらいの枠の飛び出し方あってよい気がします。一定の枠を出ないと、いつまでもそこにとどまってしまうという恐れもあるので、あえて言っている側面もありますが。今のルールを疑って、実験的に飛び出てみることは非常に大切だと思っています。

 

話を終えて:

Granmaという船。

1956年に、世界を変える船がキューバの港に到着する。その名もGranma。そこには革命家のチェゲバラ、キューバ革命を先導したカストロなど歴史に名を刻んだ革命家たちが乗っていた船だ。キューバは彼らによって大きく変わり、その渦が世界に広がっていった。本村さんの会社名、Granmaはここから来ている。

 僕はこの渦を作る過程にこそ学びがあり、発見があると思っている。大学に行かず、自分の思い描く未来を見つけてそれに突き進む本村さんの姿をみていると、大学など諸々の教育機関で学ぶことよりもさらに多くのことを学んでいるように思う。

 誰かに勉強を強いられるよりも、自分の学びたいことを自分で学び、未来のために渦を創っていくプロセスにこそ本当の学びがあるのではないか。自分の足で前に進むプロセスは不安であり、もどかしくうまく行かないことも多い訳だが、そういった中にこそ学びがある。非常に生き生きと語る本村さんに、大きな刺激を受けました。

 

 

成瀬勇輝

*敬称略

 

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